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アレとかコレとかソレとかもろもろ語っちゃってます!
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BAD EDUCATIONを見ました!
ペドロ・アルモドバル監督作品だそうです。
映画に詳しくないので難なのですが、WEBを回ってみたところ天才監督さんであるらしい何でも、監督さんの半自伝的作品なのだそうですが、この映画には同性愛が絡んでいて、どのあたりまで半自伝的なんだろうらとちょっと気になりました。
スペインの映画です。
物語としては…過去に神学校(?)で一緒だったエンリケとイグナシオが16年ぶりに再会。
俳優になったイグナオシが、映画監督として活躍しているエンリケの元に台本を持ってやってくるという再会で、イグナオシはその台本を映画化して欲しいというわけです。そして役が欲しい、と。
エンリケは、以前とどこか違うイグナシオに不審を抱きながらもその台本の映画化を決意。そして映画を撮ることになったのだけど、その間に神学校時代から続くイグナシオの秘密が明らかになっていくのです。
その台本で描かれていたのは彼ら二人の過去でした。二人は神学校時代にお互い惹かれあっていたのだけれど、ある理不尽な理由からエンリケが退学処分を受けてしまうのです。校長のお気に入りだったイグナオシは、何でもするからエンリケを助けて欲しいと願い出、そこでイグナオシは身を売ることになったのだけれど校長は約束を守らず、結局二人は離れ離れに…。そしてイグナオシは、この校長の裏切りに対して復讐を誓うわけです。
中間いろいろと事情が挟まるのですが、結果から言うとイグナオシは既に死んでいました。神学校を出てからの彼はいわゆるオカマで、ドラッグ中毒者でもありました。それでもエンリケを好きだった彼は、ドラッグをやめるために更正施設に入ろうとしていたその折に殺されてしまったのですな
では、エンリケの前に現れたイグナシオは何者なのかというと、これは彼の弟のフアンでありました。生前のイグナオシはかつての神父を脅迫し金を得ていたのですが、フアンはこの神父と関係を持つようになり最後には神父と共謀して兄を殺したのです。神父から脅し取った金で麻薬を手にしていたイグナシオに、純度の高い麻薬を飲ませ殺害…というわけです。
彼は兄の台本を手にし、兄の名前を語って登場し、映画化された作品の中ではイグナシオを演じます。それは彼が熱望した役柄でもありました。
…と、非常に荒い筋はこんなふうだったと思いますが、見た後は何とも言えない感覚になりました。
悲しいとか切ないという感情が来る前に、どういう事なんだろう?というのが先立ってしまった。(笑)
エンリケとイグナシオはゲイであることが確定していて、お互いがお互いをずっと好きであった事がはっきりと分かります!そして神父もゲイだと確定しているんですな。何と言っても、この神父の方からフアンに近づいたのだから!
ただ、私にはフアンという人物がちょっと分からなかった。
彼はゲイではなくて神父と関係を持ったのも単に利用するためだったのですが、兄イグナシオに対する感情が掴みにくいというか…。
兄を殺したという事実がエンリケにバレた後、彼はこう言いました。
「あの田舎町であんな兄を持つ気持ちが分かるか!」
男なのに外見は女になってしまった上麻薬中毒の兄…麻薬の為に祖母の年金にまで手を出すような兄に、フアンは怒っていたのですな。
しかし彼は台本の映画化に関して、どうしてもイグナシオの役をやりたいと熱望していたのです。それはもう執拗なくらいで、これを得るためにエンリケと寝たくらいですから余程執着があったんですな!
映画のラストでイグナシオが殺されるシーンがあるのだけど、そのシーンを終えた後フアンは泣いていました。兄を殺してしまったという良心の呵責からか、死そのものの悲しみからか…このシーンは純粋な愛情を思わせる部分のように思える。
もしかして彼がイグナシオの役を執拗に願ったのは、兄が最終的に出来なかった神父への復讐(=世間体の破壊)を完成させるためだったのかなあなんて思ったりしました。そして、エンリケに想いを告げずに逝ってしまった兄に代わってその想いを形にして残そうとしたのかと…。実はその台本はそもそも、エンリケに渡される予定のものだったんだよな。
…と、純粋に考えるとそう思うんだが、何といっても↑の「あの田舎町で~」という台詞がネックで仕方ない!
全く逆方向で考えてみると、こんな事も考えられるのです!
そもそもフアンは劇団員で、その劇団を辞めて大成したいという気持ちがありました。そこに、兄が残した台本があり、上手い具合に神父が自分に惚れたものだから資金源には困りません。兄の他界した今、台本は今や自分だけの所有物も同然です。
兄を好きでいるエンリケは映画監督であり、上手く映画化してもらえれば一躍有名になることも可能…もし演じる役がイグナシオ役であればそれは主役ということになる。つまり主演!
で、この台本だが、神学校時代が元にはなっているのだけど大人になってからの筋書きはオリジナルになっているんですな。そのオリジナル部分では、映画監督エンリケはとても貧乏で、それを見越したイグナシオが援助をするという事になっています。その援助の方法としてかつて自分に性的暴行をした神父を脅すという方法を取っている。
ここまで考えていくと、イグナシオの死に関してフアンはまるで関係ないことになっていることに気付きます。
実際にイグナシオに麻薬を手渡したのは神父なのでフアンは手を下していないという形になります。そして、神父が登場した理由付けとしても、イグナオシが脅迫したからという形になります。何故脅迫したかという部分に関してはエンリケの援助と…これは台本内での設定ですが、現実でも台本中でも、とにかくフアンがやった事に関しては上手く隠れ蓑が存在しているのですな。
うがった見方をすれば、全て自分がのし上がるためではないか…という感じがしないでもないというか…何だかそんなことも考えました!
しかし実際はどうなんだろう…かなり気になります!
「映画が取り終わったら言おうと思ってたんだ」
自分は本当はイグナシオではないと告白しようと思っていた、とエンリケに告げるシーンがあるのですが、これを見る限りではやはり兄への愛情でしょうか…ううむ!?
イグナシオは死ぬ間際に、タイプライターでエンリケへの手紙を書いていました。
「親愛なるエンリケへ。これでやっと…」
ここで文章は終わっているんだけど、この「BUD EDUCATION」という映画はエンリケがこの手紙を読むところで終わっているんですね。
最後の最後に「これでやっと…」です…!
実に上手い!と思った!!
イグナシオが書いた時点ではこれはドラッグを止めることが主な意味合いだったと思うけど、結局最後は「想いを告げられた」とか「全ては終わった」とかそういう意味合いも含んでいるんだろうなあと勝手に解釈してます。
何となく、もう一度見たいかも